terminal

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Planning Matters #1

プランナーの師匠 石井喜吉と元弟子 阿部深月の対談を通して
terminalのプランナー業について釣り堀で深掘りしてみました。

-阿部がterminalのプランナーになったいきさつ

石井:ちなみに釣り堀には初めて来たんだ。行ってみたい場所の60位くらいだけど。あべちゃんは最初、デザイナーの募集に応募してきたんだよね。

阿部:そうですね。

石井:デザイナーになりたかったの?

阿部:いえ、特に何かになりたいということもなく、新卒として入社して2ヶ月。会社が合わずとにかく辞めたかったんです。そして、大きな企業の大量の「新卒」としてではなく、大学時代の恩師の建築事務所のように小さいおしゃれな事務所でひとりの「私」として働きたいと思うようになり、探していました。ターミナルの求人はオフィスがおしゃれで惹かれました。

石井:あべちゃんはほぼ新卒なので、実績とか能力的なものというよりは、ユニークだなと思うところが多くて。留学してるし、大学時代におもしろい授業うけてたし、話してみたいなとなったんだよね。あと何よりterminalは、日本語のコピーの下にデザインのあしらいで英文使いがちなので、バイリンガルなのも嬉しかった。

阿部:中田さんが石井さんを指さして「このおじさんの下でプランナーとして働くというのはどうですか。」と言ったのを、今でも覚えています。若かったので、「はい、お願いします!」って即答していました。今思うと、デザイナーの求人に突撃してきた変人を受け入れてくれたターミナルの皆様には感謝です。

石井:大昔の先輩の受け売りだけど、企画というものは、これまで自分が見てきたもの、聞いてきたもの、考えてきたものがすごく大事。それを世の中に、ひとさまに見てもらえるものになるまで研ぎ澄ませることが大変ではあるのだけど。

だから手に職というより、そのときのあべちゃんの返答とか、自分がやったことを話すときの視点とかがとてもよかったから、受け入れる覚悟を持ちました!

-石井がプランナーになったいきさつ

阿部:そういう石井さんはなぜ、プランナーになったのでしょうか?

石井:わたしは照れ屋である。そして話すことも苦手である。なので自分を表現することで生きていくことは不可能!なので自分から吐き出したアイデアや思考を表現するほかなかったのです。つまりそれが企画をするという仕事だったのです。

terminalにはいった経緯は、過去号を読んでね。

阿部:石井さんと当時は2人だけだったので、まるで師匠と弟子のような感じで、社会人の基礎から、プランナーとしてのノウハウまで、日々丁寧(強調)にたたき込んでいただきましたね。その節はありがとうございました、石井さん。

-他のプランナーとは少し違う?terminalのマルチなプランナー業

石井:terminalのプランナーはいろんなことをやるから、世間の思うプランナーとは少し違うと思うんだけどどうだろう?

阿部:私ははじめてのプランナーという仕事がterminalだったので、特に何の疑問も持たずでしたが、ふりかえってみると確かにいろんなことをやりますね。

石井:企業や商品のブランディングもあれば、プロモーション施策のような実空間でのコンテンツや、ブランドムービーのような3次元的なもの、はたまたキャッチコピーやタグラインのようなコピーテクニックを要するもの、さらに取材を通して人から引き出す。またwebサイトを作る。このように多岐だよね。使う筋肉も違うし。でも、すべてに共通することはコミュニケーション。専門の方には怒られるかもだけど、やっちゃおうぜ!という感覚で全力です。

阿部:私はいろんなことをできるのが楽しかったので、向いていたのかもしれません。

阿部:パンチが効いているのは、入社して1週間後のこと。取材撮影のため、いきなり山口県の最果ての無人駅に現地集合でしたが、学生時代にタイの小島に現地集合を経験していたのでギリセーフでした。

石井:そんなこともあったね。南フランスにバカンス来たんすかってデザインのスーツケースをゴロゴロしてきたのは今でも覚えてるよ。

-terminalという会社は

阿部:プランナーが多岐にわたる理由でもありますが、terminalという会社はデザイン事務所かと思いきや、いろんなことをやっていますよね。

石井:うん。すごく範囲の広い会社で、いろんなことができる。でも、各クライアントからは、映像の会社、webの会社、編集の会社というように断片的に見えている。本当はもっといろいろできるから、そのいろいろを任せてもらいたいなあって思っていて、だんだんと領域が広がっていると思います。

-いろんなことを経験して、自分を知る。

阿部:今思うと、何者でもなく、何をしたいかもわかっていない私にとって、いろんな仕事を経験させてもらえたこの会社のこのポジションはラッキーだったのかもと思います。

石井:人材育成を語れるほど立派な人間ではないので、願いというか祈りに近いことを。カバー率をいかに増やせるか。根っこの企画するをベースに、いろんな出力手段を経験してもらいたい!という気持ちがあったと思う。言うならば受験のようなイメージ。合格するにはどんだけ”あーはい、これね“が多いほど確率はあがる。社会に対して打たれ強くなること。

阿部:中でも私の転機となったのは、石井さんからコピーの書き方を教わってきなさいと受講の機会をいただいたコピーライター養成講座です。私はこの時はじめて「コピーライター」という仕事があることを知りました。

石井:僕らの仕事はどこまで言っても言語化だから、コピーを学ぶことはすべてに通じることだし、なにより世の中を変えたり、大きな成果をあげてきた偉人たちのアタマの中を知ることはなかなかできないから貴重な機会なのです。

阿部:はい。今でもコピーを考える時に、事実の中から価値ある事実を見つけるとか、実践していることがいくつもありますし、何より今、私はコピーライターとして働いていますし。いろんな業務の中から、やっと自分の適性を見つけられた気がします。

石井:terminalという会社視点で見ると。落ち武者たちの集まりのような組織が、誰かの生き様に影響を与えたという事実は、会社として成長したな〜と誇りに思うのです。

後半に、つづく。